悪質二種類ガン闘病記 ⑭    BCG継続中、更に悪質胃ガンが


7月の膀胱ガン診察日、月1回の細胞診もレベル2で安定しているので、今後は3ヶ月毎になった。次の予約は10月です。

その頃に、胃がシクシク痛んだり、胸焼けがしたり、不調が続いていたので、大林先生に相談してみた。直ぐに総合診療科の予約を取ってくれたので、3日後に初診となった。総合診療科の初診受付を済ませ、総合診療科待合ゾーン、順次、中待合へ。

このルールは泌尿器科と同じだった。診察が始まり、問診票の確認の後、

玉木先生「かたりじさん、先ずは全体のスクリーニングをしてみましょう。詳しくはそれらの検査結果によって決める事になります。」

先生の指示により、以下の検査を受ける事になった。上部内視鏡(胃)、下部内視鏡(大腸)、全身CTスキャン、胸部レントゲン、肺機能、心電図、MRI、血液、尿、色々あった。これらの検査予約を全て手配され、もう逃げる事はできなくなってしまった。勿論逃げる気がある訳ではないが、大きな重圧を背負ってしまった。下部内視鏡は来週早々だが、他は全て今週中に済ませて、来週にはその結果を観るらしい。

1週間が過ぎて、今日は下部内視鏡検査。昨夜からの続きで水溶性下剤を大量に飲んでいる。水溶の便を完全排出するためだが、石鹸水を飲まされている感じだった。まずい!そして、いよいよ下部内視鏡検査が始まった。大変苦しいと聞いていた割にはそれ程でもなくスムーズに進行していった。内視鏡管が奥へ進んでいく時の「変テコな感覚」が、人によっては辛いという感覚になるのかも知れない。人により感じ方は様々のようだ。

内視鏡の先生「はい終わりました。問題ありません」早々と診断してしまった。

翌日は診断の日だが、妻にも「覚悟して貰わなければならないかも知れない」と思ったので一緒に診察室に入ってもらった。胃の不調があった時、以前は市販の胃薬で簡単に治っていたのに、最近は治らなくなってしまっていた。以前とは全然異なる感覚だったので、自分では胃ガンを確信していたからだ。

玉木先生「かたりじさん、総合的に検査をした結果、1カ所で不具合が見つかりました。この写真をご覧下さい。」

写真には内臓の内部らしきものが写っていたが、その中心部に汚らしく、ぐちゃぐちゃしたような潰瘍状の盛り上がりが見えた。私は一瞬でガンだろうと思った。

玉木先生「細胞検査の結果はステージ4のガン細胞と確定されました。更に申し上げると、このガンは顔つきが良くないのです。なるべく早く手術で取り除く必要があると考えられます。そして、この写真は胃の内部ですが、下の方にも別のガンがあります。この状況から、胃の全摘出手術をお勧めいたします。それもなるべく早くです。」

先生の声には切迫感が込められていた。迷いは許されない、そんな迫力があった。私も妻も異論を差し挟む余地はなかった。即断した。

私 「先生、手術をお願いします。」全てはこれで決した。

私には分からなかったが、先生は命の危険に関わる状態を危惧しているように見えた。
手術日は9月1日、入院はその2日前の8月30日に決定。術前の検査を済ませて、入院まで1週間程の余裕があった。

 

8月30日外科病棟に入院。病室担当の看護師は宮本さん。入院手続きは泌尿器科と同じだった。入院説明も全く同じ。この日は採血の他何もする事が無くゆっくりくつろいだ。
8月31日午後、主治医となる太田先生のご挨拶。術前のインフォームドコンセントではくわしい説明があり、胃の摘出、そして接続の術式や、脾臓、胆嚢も摘出しなければならない理由、検査で得られたデータから判断した現状の見込み、他全てホワイトボードに描きながらの説明を受けた。麻酔医の先生他研修医の名札も見えた。泌尿器科の時とは違って、かなり大がかりな体勢が組まれているようだ。全ての説明後、質疑応答の時間に、少し質問をしたが、明快な回答を得て納得。同意書に署名をして終了。後は明日の本番を待つのみとなった。

2006年9月1日(64歳)胃及び脾臓、胆嚢全摘手術。命に関わる大手術の実感が、恐怖として湧き上がってきた。この期に及んで、じわじわと来る死の陰を恐れ始めていた。朝9時に始まるという事で、妻と息子も病室で待機した。
8時30分過ぎに、病棟の宮本看護師、助手のドクター、研修医の3人が迎えにきた。

宮本看護師「かたりじさん、夕べはよく眠れましたか。」

私「はい、よく眠れました。」

宮本看護師「それでは参りましょうか。」

3人と私、続いて妻と息子、6人の一団はエレベーターで2階の総合手術ゾーンへ。その入り口で

宮本看護師「ご家族の方は、こちらの家族控室でお待ち頂きます。手術時間は約8時間が予定されているという事ですので、5階の談話室へお移り頂いても結構です。私達はこのまま手術室へ入ります。」

すぐそばの部屋を示しながら、妻と息子に説明して、手術ゾーンの中へ入った。宮本看護師と手術室看護師の間で書類の受け渡しがあり、私の手首にリングされたテープのデータ確認をして、私は手術室の管理下に置かれる事になった。執刀医は太田先生です。

手術室は広々として、薄暗いと思った。手術台に乗り、麻酔のための前のめりエビ曲げ姿勢は泌尿器科の手術時と同じだった。背中から脊髄にカテーテルが挿入され、麻酔が始まった。その後「寒くないですか」とか、いろいろ問いかけられたが、すぐに意識が無くなってしまったようだ。
(15に続く→16まで)

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