悪質二種類ガン闘病記 ⑯      膀胱ガン三度目の再発、それでも絶対に負けるものか。


2006年10月 膀胱ガンの3ヶ月定期検査。最初に先生の診察があり

大林先生「かたりじさん、変わった事はありませんか。」

私「実は、大変な出来事がありました。胃ガンで、全摘手術を受けました。」

大林先生「えっ、いつですか」虚を突かれたような驚き顔です。

私「1ヶ月位前に、この病院の外科です。」

大林先生「驚きましたね。で、膀胱ガンからの転移ですか」

私「私もその可能性を心配したのですが、それは全く無い、との診断結果でした。」

大林先生「それは幸いでした。大変でしたが、無事に手術は済んだのですね。それでは、こちらもいつものように膀胱鏡検査をしましょう、準備の間お待ち下さい。」

診察室を出て、中待合で待つ。程なく処置室に呼ばれて、いつもの通りの膀胱鏡検査。「問題無し」との事。再度の診察室で、細胞診レベル2の結果票と次回の予約票を受け取り、今日の検査は終了した。

2007年も終わりに近づいた頃には、膀胱ガン追跡検査は3ヶ月毎、胃ガン追跡検査は6ヶ月毎でどちらも問題無く経過していた。ガンの恐怖も遠ざかって、平穏な毎日を有難く感じながら、謙虚に過ごす日々を送っていた。

2008年、2009年も過ぎ、2010年9月膀胱検査。
この検査で問題無ければ、5年経過で一安心できる。自覚症状は無い、不快感も無い。心配する事は何もない。不安のカケラも無く、全く楽観していた、そんな中、細胞診がレベル3と出ていた。膀胱鏡の診察でも若干疑わしい症状があった。いずれも「良くない兆候の現れ」だった。先生は迷った。手術をすべきか、
BCGだけにすべきか。ベテランの医師であっても、簡単には判断しかねる状態なのか、ジッと考えていた。そして私に意見を求めてきた。
私もこの年月で、熟練の患者になっていた事をご承知で、

大林先生「かたりじさん、手術をすれば確実なのですが、BCGだけでもいいと見られる症状です。私はBCGだけでいい、と考えます。手術は無視できないダメージを体に与えますので、できるだけ避けたいのです。」

私「僭越(せんえつ)ですが、私もそう思います。BCGだけでお願いします。」

その結果、10月の第1週からBCG治療を始める事で決定した。10月になりBCG治療開始、何年も忘れていた痛みが又復活した。しかし今回は風邪を引いたのか、熱が出て節々が痛いので、辛い思いが倍加した。2週目も同じ節々の痛みは消えなかった。熱は下がったようだが、手足の関節がやたら痛い。この痛みは尋常ではないように感じた。3週目のBCGが終わった時に、遂に先生に泣きついた。

大林先生は静かに口を開いた。「かたりじさん、実はBCGにはいくつかの副作用が報告されていますが、手足の関節痛もその一つです。この症状は大変有名な副作用で、”ライター症候群”と言います。この症状は1916年にH・ライターにより始めて報告された症候群ですが、その後いろいろな疾病の治療現場で発現が確認されています。近年BCGによる膀胱ガン治療の現場でも度々報告されるようになり、この病院でも注意深く観察しながら対応しています。今回かたりじさんに発症した関節痛も”ライター症候群”と思われます。BCGは今回をもって終了し、状況を見ながら対応する事になります。」

悲しげではあるが、きっぱりとした表情で言い切った。しばらくの間(何ヶ月か、何年か、ずっとなのか)BCG治療は中止せざるを得ない事になってしまった。不安が広がってきたが、私にはどうする事もできない。先生の指示に従うばかりだが、今後の治療はどうなるのだろうか。

病気を患っている間にも、いろいろな事に出会うものだ。薬のはずだったBCGが、危険物に変わってしまったとは。想像もしていなかった事態に驚き、当惑もしたが、先生の方針はすぐに示された。当面は、元通りに細胞診と膀胱鏡検査を継続する事になり、1ヶ月毎の検査が復活した。

11月、12月、1月、2月・・・細胞診2、膀胱鏡も問題無しが続いた。「予想に反して、快調な経過」といえる。

2011年5月になり、膀胱ガンの不調とは異なる、別種のモヤモヤ感で、すっきりしない症状が出てきた。それでも、膀胱ガンではないような気がする。そんな状態を先生に訴えたら、

「膀胱の大掃除をしましょう。考えがあります」という事で、細胞採取検査をする事になった。

2011年5月中旬、経尿道的膀胱検査が実施された。入院して、膀胱ガン切除手術と同じ手順を踏むのだが、検査なので、徹底的に怪しい部分の細胞を拾い集めていく。所要時間はガン治療よりも長かったような気がしたが、10カ所以上採取したという話を聞かされた。詳細な細胞検査でガンは全く発見されなかった。約1週間の入院を経て、無事退院。何だかすっきりした感じだ。つきまとっていたモヤモヤ感が全く無くなっていた。一切の不快感が全て無い。実に快適だ。久しぶりの爽快感。

退院後初めての検査。今日は細胞診は採尿のみ。膀胱鏡は全く問題無し。早々と終わってしまった。2週目の検査、細胞診でレベル1というのをを始めて見た。自分の検査である事を忘れて、検査結果票に見入っていた。膀胱鏡検査も問題無し。

 

2011年10月(69歳)
胃ガンが術後5年を経過した。いつもの診察で治癒を宣言され、最終診察となってしまった。「もう来なくていい」そう言われても、病院通いが身についてしまって、「さみしい」と思った程だ。歓喜して喜ぶべきなのに。手術時には10年位と言われていた治癒宣言が、今や5年になっていた。もう以前のガンの再発を恐れる事はない。膀胱ガンとは性質が大分異なる事を実感した。胃ガン勝利だ。自分一人で勝利宣言!何もかもありがとう。

 

2012年4月、膀胱ガンの検査結果に変化は無く、「細胞診1、膀胱鏡検査問題無し」が継続していた。今後の検査は6ヶ月毎になった。更に危険から遠ざかったという判断だろう。去年5月の検査で、ガン細胞は無く、不快感もモヤモヤも嫌な感覚が全て無くなり、極めて良い結果を得た訳だ。取り除いた「怪しい部分」に不快感を引き起こす原因が潜んでいた事になる。悪い奴らを一掃した結果、病気になる前の、普通の健康体を取り戻した気分でいられるようになった。

病気を気にせずに、2013年、2014年、2015年月日が過ぎていった。

2016年6月(74歳)
半年毎の細胞診と膀胱鏡の検査で、ガンを疑わせる症状は5年間現れなかった。全く痕跡も見せなかったのです。

大林先生「私の仕事は終わりました。本日限りでここに来る必要がなくなりましたよ。かたりじさんの担当医として、膀胱ガンの治癒を申し上げます。長年の苦しみに、よく耐えられました。さぞ辛い時や、苦しい時があったかと思いますが、頑張ってガンに打ち勝つ事ができました。カルテを見返してみたのですが、もう13年の月日が経っているのですね。」

感慨深げに一息ついて
「かたりじさんの治療に関わり始めたのは、この病院に赴任したばかりの頃でした。結果として四度の手術を経て、今日に至った訳ですが、その全てに立ち会わせて頂きました。かたりじさんの病気に関しては、完全に理解できています。長いお付き合いになりましたが、貴重な年月でした。有難うございました。そして、おめでとうございます。」

 

こうして、病気に打ち勝つことができました。病院ともお別れです。そして、しみじみと思う事は、「病気になる、ならない、治る、治らない、死を迎える、迎えない、全ては運命なのか神の差配なのか、人知を超えた何かが作用するのか、又は偶然のなせる技か、いずれにしろ、個人の努力や考えは全く及ばない、大きな力に支配されている」という事です。若くして病気に取りつかれ、命を奪われてしまう人がいる。私のように悪い性質の病気に冒されながら、13年も戦って
生き延びている人間もいる。どこで分かれるのだろうか。

2018年7月(76歳)
膀胱ガンの治癒宣言から2年が過ぎ、仕事は既にリタイアしていたが、健康上の問題は何も無い。すこぶる快調だ。信心深くはないが、病気治癒の暁光(ぎょうこう)を与えてくれた大きな力に感謝する毎日を過ごしている。さてと、ぼちぼち立ち上がって、一仕事始めなければ。
(おわり)

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