シルバー天使の応援歌 ⑬    津川雅彦さん逝く


俳優の津川雅彦さんが逝ってしまった。朝から喪失感に包まれてしまって、無気力状態から抜けられない。大きなガッカリ穴に落とし込まれたような感覚で、空腹の筈なのに食欲もわかない。別に「大好き」とか「昔からの大ファン」とかいう訳でもないのに、どういう事なんだろう。自分が歳をとったからだろうか。自分の年齢に近い人だからかしら。この頃は、馴染みの芸能人が亡くなったニュースを聞く度に、深く落ち込んでしまうことが多い。

   年代順津川雅彦さん

津川雅彦さんの思い出も少なくないですね。同じ時代を生きてきた世代ですから、津川さんの出演していた映画は割と多く観ています。ただ、裕次郎さん主演映画の助演だったり、日活トップスターの次くらいの役が多かったかなーとは感じていました。それでも、端正な顔立ちと幼少期から培った演技力を併せて、一気に看板俳優に駆け上っていったと記憶しています。松竹へ移ってからはパッとしなくなり、段々と落ち目になっていったようでしたが、極めつけはデブィ・スカルノさんとの不倫が発覚してしまったことですね。この事件のお陰で芸能界を干されることになってしまいましたね。

時代は少しずつテレビの幕開けに近づいて行きつつあったのですが、一発逆転の大ホームランとなったのは1982年の映画「マノン」での「ブルーリボン賞助演男優賞」受賞でしょう。この受賞をきっかけに持ち前の演技力が認められることとなり、その後に数多くの賞を受賞していくことになったのです。加えて、イケメン俳優として有名だった津川さんですが、「必殺シリーズ」演出家の松本明さんの勧めで取り組んだ「悪人役」がすばらしかった。悪い奴を演じる津川さんは実に生き生きとしていて、全くの「はまり役」だったんじゃないかな。その後の「武将役」や「東条英機役」では、凄みのある重厚な役作りが冴え渡っていました。テレビ出演はあまり好まないように聞いていたのですが、NHKテレビの「澪つくし」は、しみじみ良かったなあ。あのドラマから沢口靖子さんが育っていったんですよね。最近のテレビドラマにもいろいろと出演されていましたが、津川さんの姿が見えるとそれだけで重みが増す上、観る側では何となく安心感が持てる雰囲気になったものでした。それだけ存在感が大きかったのですね。

 

   津川雅彦さん     

一方、結構な趣味人で、若好みだったという話はそこら中から聞こえてきました。若者並みに穴あきジーンズを履いたり、派手なファッションが好きで、若者指向そのものでした。携帯電話を持った時には、そこら中の人に、絵文字だらけのメールを送って喜んでいたようです。又、乗馬やスキューバーダイビング、スキー、ゴルフなどそこそこ大変なスポーツにも熱心に精を出していたとのことです。パワフルでした。

朝丘雪路さん          真由子さん           長門裕之さん

        

私生活では、奥さんは有名な「朝丘雪路」さん、お子さんは一人娘の「真由子」さん、お兄さんは有名な「長門裕之」さん、父・母・祖父すべて芸能人の芸能一家。娘さんが生後間もなく自宅から誘拐される事件が発生したり、経営していたおもちゃ店「グランパパ」が倒産・破産の危機に陥ったり、苦難の時を堪え忍んで今日に至っています。その後も事業家としての夢は尽きることなく続き、北海道広尾町に「幸福鉄道」「夢の王国・サンタ愛ランド」、イギリス・スコットランドの「ロックハート城」移設や「大理石・ロックハート城」、次から次へと絶えることなく続きました。その結果、色々な夢の代償として6億5千万円の借金ができてしまいましたが、奥さんの朝丘雪路さんが家を売り払ってくれたり、思わぬ援助者が現れたり、その都度救いの神が手を差し伸べてくれたのでした。不幸中の幸いとも言えましょうか。

 

     地方イベントで    

 意外なようですが、津川雅彦さんは保守派の論客としての一面も持っていました。作家の大江健三郎さんを「中韓に媚びるエセ文化人の反日分子」だと批判したり、2012年の自由民主党総裁選挙においては「安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会」を発足して応援に当たったりしていました。また、「みんなで靖国神社に参拝する国民の会」、「首相の靖国神社参拝を求める国民の会」の発起人にもなっています。読売テレビの「たかじんのそこまで言って委員会」のレギュラーパネリストとして、全国にその考えを発信していました。各地で行われた会合やイベントにも参加して、活動家としての存在感は堂々たるものでした。

 

2014年春の叙勲、主に芸能界での功績により「旭日小綬章」受章。これについて「役者は虚業に生きる人間で、観客に元気を与える以外役には立たない。身に余る光栄です」と顔をほころばせながら喜びを語っていた。「授章はもっと頑張れという励まし。日本文化を世界に伝えるために、余生をささげたい」とも語っていた。子役時代からほぼ70年の芸歴を収めて、2018年8月4日、奥様である朝丘雪路さんの後を追うように旅立たれました。

 

 

 

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