煙草のない世界 ①   日本からタバコ追放~序章


「日本からタバコを追放したい」

  

きれいな空

 

高千穂の「語り爺(かたりじ)」は子供達のために、「200年以上かけて大人が汚してしまった空気と空を、元通りにして残さなければ」とささやかな一歩を踏み出したいと思う。

 

 空気汚染の歴史を振り返ってみれば、5世紀頃北米ユカタン半島辺りで発祥したとされているタバコが、15世紀終わり頃にはコロンブスによってヨーロッパに持ち込まれて広がり、やがては少しずつ世界中に広がっていったという「タバコの煙汚染」がある。この汚染は全地球的には大した問題とは言えないかも知れないが、人類としては「無くなってほしい煙」であり、空気汚染だけに留まらない厄介な性質を持つ煙である事は明らかです。

 

 

併せて18世紀後半頃からイギリスで始まった「産業革命」による空気や水の急速な汚染がある。これはそのまま近代工業文明の必要悪として存在するようになってしまい、環境汚染問題として今では発展途上国まで広がりを見せている。この「人類の課題」との戦いは、各国各様に世界各地で繰り広げられているが、問題があまりにも壮大過ぎて「語り爺(かたりじ)」の手に負える相手ではないので、対策や施策は各界の専門家にお願いせざるを得ない。

 

もう一方の、空気汚染と健康汚染のダブル汚染源「タバコの煙」、これの廃絶は絶対に逃げてはいけない課題として受け止めています。元煙草薬害中毒患者としての実感です。これを世界から無くそうという運動に関しては、全面的に賛同したいと思う。又この価値ある運動ならば、「語り爺」にも何らかの役割を果たせるかも知れないと考えています。

 

                                       「語り爺(76歳)」は15年程前まではタバコ中毒患者だった。20歳から吸い始めて40年間、煙から離れられなくなっていた、可哀想で哀れな薬物中毒患者だったのです。無知で浅はかな爺(じい)は他人様への迷惑を感じる力(ちから)もデリカシーもなく、そこら中に臭(くさ)い煙をまき散らし、時には吸い殻をポイと捨て、受動喫煙なんてしゃれた知識はカケラもなく、くわえタバコは「かっこいい」なんて思い込みまで持っていたのです。子供が生まれた時なんぞは、面白がって赤ん坊に煙を吹きかけたりしていた大馬鹿者だったのです。子供も今では40代後半の年齢になりましたが、20代の若さで肺炎になったり、アレルギー体質だったり、幼少の頃からの耳鼻科通いが続いていたり、全体に虚弱だったり、すべて爺の仕業だと思っています。当局が関与せずとも、「取り返しのつかない親の犯罪」だと認識しています。今でも馬鹿は治っていませんが、歳を重ねたおかげで自分の愚かさは見えるようになりました。これからできる事は唯一つ「償(つぐな)い」しかありません。「自分のまわりからタバコを無くしていこう」、そして目標の第一歩として「まずは日本からタバコを無くしてしまいたい」と考えるようになりました。かわいい子供達、これから生まれてくる子供達、みんながタバコの害を受けることなく、健康に過ごせる時代を見据えて一人の爺が頑張るのです。

   

爺がタバコを手にするようになったのは20歳の時。小学校の時からの仲良しが、高校を卒業して就職した後、喫煙者になっていました。この彼が会う度に「吸え、吸え」とか「男だろう」とか煽(あお)り立てるのを、こちらは「まだ勉学の身だから」とか「好きじゃないから」とか何とか凌(しの)いでいたのですが、20歳の誕生日、ついに「まあ、みんなも吸っているのだから、いいか」となってしまったのです。若干の興味もあったのですが、社会の風潮にも影響されて、中毒患者の仲間入りをしてしまいました。

 

ひとたび、数千にも及ぶタバコ薬物を体に取り入れたが最後、完全に囚(とら)われの身となってしまいます。最初は2~3時間後に吸いたくなり、更にまた2~3時間後に吸いたくなり、を繰り返している内に1週間もあれば立派な薬物中毒患者になってしまいます。これで、煙草会社の奴隷が一人増えることになります。この頃の煙草製造販売は「日本専売公社」が権利を一手に握っており、大蔵省(現財務省)直轄の「麻薬草=タバコ」による薬物中毒患者製造機関として莫大な収益を上げていたのです。国は社会の煙草風潮を正そうとはせず、むしろ国民にタバコを売りつけて中毒患者を増やすことに専念していました。この時代に成人した日本人とくに男性は、よほど先進的で良識豊かな親に育てられた人以外は普通に中毒患者の道をたどっていったのです。

 

爺が初めてタバコを手にしてから50年以上経った今でも、まだ禁煙環境はヨチヨチ歩きすらできていません。国会議員の先生方も議論してくれているのですが、国民の健康増進を話し合うのではなく、タバコを無くさない言い訳をアーだ、コーだとやっております。WHOの委員から「世界最低ランク」の烙印を押されても、煙草議員の先生方は微動だにしませんね。オリンピックに向けて改善しようとする動きにも堂々と反論しています。喫煙飲食業者の手先とも思える先生方の抵抗姿勢は、強固で揺るぎの無いものなのです。禁煙審議は国民の健康を守る方向にはいきません。こうまで露骨に振る舞える精神構造には恐れ入りますが、「よく議員に選ばれたな」と考え込んでしまいます。選挙民の意識の問題でしょうかね。アイルランドのように「飲食店全面禁煙」は無理なんでしょうかね。日本でも「串カツ田中」のように頑張っている飲食店チェーンがあり、売り上げも上がっている事実があるのに。「30㎡未満の小規模店がどうだ・・」とか意味不明の理由を並べて禁煙に抵抗していますが、禁煙の風潮に逆らうよりも、むしろ店が良くなる施策を議論する方が賢明ではないかと思いますね。

 

                     申し訳ありませんでした、愚痴を言うばかりでは問題解決につながりませんね。こんな社会に「変わってほしい」と願って立ち上がった事を忘れそうになっていました。要は、利害のからんだ根の深い要素を含んでいるということです。爺一人が騒いだところで何の波風も立ちません。どうしても、仲間がいて広がりの輪ができて、大勢の声となっていく必要があります。爺の目標は唯一つ「タバコを無くす」ことです。日本にはこの目標を掲げた社会運動が既に存在している事は幸いです。その輪に加わらせて頂く事も含めて、爺には何ができるか英知を尽くして考えなければなりません、敵は強力だ。

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