煙草のない世界 ⑫ タバコ禁止反対勢力 三国の手


栗山千里(くりやま・チサト)、千葉2区選出の衆議院議員だ。この選挙区は大規模葉タバコ農家が多い、タバコ葉の大生産地である。先頃の内閣改造で始めて入閣し、念願叶って大臣になれた喜びに浸っていたが、それも束の間のことで、国会審議が始まると共に地獄に引きずり込まれる事になってしまった。シドロモドロの大臣答弁で、不勉強、不適切、不適任、不用意、ありとあらゆる「不」が付いて回る姿を露呈することになった。普通の人間であれば恥ずかしさのあまり、自殺でもしたいと思う程哀れな姿を晒(さら)していた。情報セキュリティーやシステム監督の部局も束ねる役職であることから、野党議員の関連質問を受けた際の答弁があまりにも劣悪、無知すぎて、質問した議員も二の句が継げない程だった。米英の新聞でも驚きと軽蔑を持って書き立てられる始末。「私はパソコンは一切使いませんし、使ったこともありません。それでも部下や専門家を使って充分に職務を全うしております。問題ありません」これで、外国の新聞も日本の情報時代を心配してくれる事になってしまった。USBを「何ですかそれは?」と聞き返す程、言葉も通じない大臣が、日本の安全保障にも関わる情報システムのトップに着任してしまった。

 

第1衆議院議員会館3階、303号栗山議員の事務室。王博文(ワン・ハクブン)が金取得(キム・シュトク)と2人の部下と共に議員の大臣就任祝いに訪れていた。昨日、栗山議員の親分とも言うべき派閥の会長・貝塚広志(かいづか・こうじ)を訪問し、内閣改造後の日チャン友好議員連盟へのチャン国共産党からの挨拶状をいつもの事として手渡してきたのだ。貝塚広志は日チャン友好議員連盟の会長でもあり、チャン国共産党中枢に太いパイプを持つ、政府与党の大物として見なされている幹部だ。ここで挨拶状を渡しながら部下に目配(めくば)せをして、議員の第1秘書に紙袋をそっと差し出させた。秘書は軽く頷(うなず)いて受け取り、すぐにしまい込んでしまった。表に出ることのない闇の金だ。「先生、この度は栗山先生が入閣され、お目出度うございます。明日にでもご挨拶にお伺いしたいと思いますので、宜しくお願い致します。」王博文(ワン・ハクブン)は貝塚高志にそう言いながらにこやかな笑顔を見せた。完璧な日本語だ。王博文はもしかしたら日本で生まれ育ったのかも知れない。しかし貝塚高志も秘書もすでに知っていることだったと見えて、何の驚きもなく普段通りの態度で応じていた。王博文にとって、今日のミッションの中心は今の一言だったのだが、それに気付いた者は誰もいなかった。金を渡すことでも挨拶状を渡すことでもない。栗山議員との接点を押さえる事こそが貝塚議員訪問の目的だったのだ。

 

話は栗山議員の事務室に戻る。「先生、この度はオリンピック・パラリンピック担当大臣就任お目出度うございます。」王博文(ワン・ハクブン)は満面の笑みを浮かべて、話しかけた。「昨日、貝塚先生にご挨拶申し上げました際に栗山先生の大臣ご就任をお伺い致しまして、早速お祝いに駆けつけた次第です。先生の農業政策や文化活動は私も大変すばらしいお考えだと賛同しております。これを機に、今後のお付き合いをお願いできれば大変有難いことだと思っています。」言いながら、まち付きの分厚い紙袋をテーブルの上に置いた。「これはチャン国の伝統的な揚げ菓子です。どうぞお召し上がり下さい。」にこやかな笑顔で栗山議員を見ながら、そう言った。議員も軽く頷いて、それに応えた。紙袋の大きさから一千万円位はありそうに見えた。ここでも、絶対に表には出てこない金がチャン国情報組織から日本人政治家に手渡されていた。王博文(ワン・ハクブン)は更に、「先生のご活躍に細(こま)やかにお手伝いさせて頂きたいと思い、葉タバコ農業に詳しい者を連れてきました。」そう言って金取得(キム・シュトク)を紹介した。「初めまして、金取得(キム・シュトク)です。必ずや先生のお役に立てると自負しております。今後とも宜しくお願い申し上げます。」深々とお辞儀をしながら、金取得は柔らかな笑顔を栗山議員に向けた。栗山は「あ~、いい人のようだ」と好感を抱いた。

 

栗山議員は葉タバコ農家や関連業者を票田として、衆議院議員を続けてきたのだが、能力もキャリアも特段の評価を受けるような実績は何もなかった。父親の地盤を受け継いで、担がれるままに議員になってしまった、典型的な二世議員だった。国会での答弁や、日常の政治活動の中で見せる様々な姿は、とても政治家と言えるような代物ではなかったが、それでも議員として選ばれ続けた理由はただ一つ、彼の人間性だった。底抜けと言える程の善人であり、何事においても完全に他人を信じる生き様は、他人不信時代の現代では希有な存在として選挙民に敬愛されていた。そして当然の事として地元では圧倒的な人気を誇っていたのだ。彼を取り巻く環境は決して生易しいものではなかったが、それでも無事に生きてこられたのは、父親の代からの忠実な取り巻きに守られていたからである。善悪の判定が付きかねる微妙な案件は、全て老練な彼等が判別してくれたおかげで、法に触れる事無く今日まで生きてこられたと言える。天衣無縫に葉タバコ農家の味方として働き、日本中にタバコが蔓延(まんえん)する事を願い、政治活動を繰り広げてきた政治家だった。そして、この政治家に遂にチャン国のエージェントが食いついてしまったのだ。

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