煙草のない世界 ⑬ タバコ禁止反対勢力 国会議員


栗山議員は慣れぬ国会答弁で身を削られる思いをしていた。衆議院内閣委員会での概略的な質問にすら答えられないで、別世界の出来事を答えさせられているようだった。知らない事だらけで、辛くて、意味が分からなくて、狼狽(うろた)えるばかりだった。後部に控えさせた事務官にすがる姿は痛々しくて直視出来ないし、あまりにも哀れすぎた。それでも、健気(けなげ)というべきか恥知らずというべきか、「やめます」という言葉を口にする事はなかった。彼の双肩には従業員とも言うべき、秘書や番頭達とその家族、利益供与をしてくれている業者達、数百人の生活がのし掛かっているからだ。勉強をし直そうとかパソコンを習おうとかそんな事は微塵も考えないが、ここ数日の息苦しい思いは味わったことのない辛い経験だった。高校は県内随一の進学校を出たという誇りがあった。大学はパッとしないレベルではあったが、それでも地元に帰れば秀才と言われる過去を持っていたのだ。選挙民には、「先生、先生」と言われて慕われているとの自負があった。

 

委員会審議も他の大臣の質疑に移っていき、栗山大臣もやっと一息入れられるようになったある日、神楽坂の料亭「香月」のある座敷で地元支持者達との打ち合わせが行われていた。そして、そこには金取得(キム・シュトク)の姿も観られた。進行役が一通りの挨拶を済ませたあと、金取得が口を開いた、「先生、お疲れ様でございます。本日はお忙しい中、お運び頂きまして誠に有難うございます。地元の皆様が、今期の見通しをご報告されるとのお話をお伺いしまして、ご一緒させて頂いた次第でございます。皆様のお話にはお邪魔でしょうから、ご挨拶が済みましたらすぐに退散させて頂きます。今日は、先生がご計画されている地元でのクリスマスパーティーに参加を希望する者がおりますので、そのチケットを予約させて頂ければと思いまして、お願いに上がった訳でございます。」言いながら深々とお辞儀をして栗山大臣に視線を送った。大臣は頷いてその申し出を了承し、地元秘書の青田正義を手招きして呼んだ。「青田さん、200枚お願いできませんでしょうか」、金取得(キム・シュトク)の申し出るチケットの枚数はせいぜい20~30枚だろうと踏んでいた青山秘書は、「おっ!」と一瞬驚いた表情を見せたが「早めの予約で良かったです。ぎりぎりだと中々難しいこともありますので」と言って、握手の手を差し出してきた。そして「一応、1枚5万円の予定で計画していますので、宜しくお願いします。」にこやかな笑顔で金取得の手を握り、しっかりとその意味する意図を汲み取った。

 

  栗山大臣は年末を忙しく過ごしていた。国会は外国人労働者受け入れ関連法案の委員会審議で緊迫場面もあったが、大臣の興味はそこには無かった。葉煙草の買い取り価格を引き下げようとする財務省勢力への根回しや、圧迫、懐柔、やる事は尽きなかった。親分・貝塚議員の力を借りて、財務省の喜ぶ「消費税率アップの賛成意思」と引き替えに、葉煙草買い取り価格の現状維持を確保する、それが最優先で喫緊(きっきん)の仕事であった。その手柄を懐に地元での心地よい正月を思い描いていたのだ。「タバコの害???、何の話だ?」。国民の健康問題なんて、国会議員になってからも全く聞いた事のない話題であり、興味も無い他人事だった。父親から託された「領民」を守るのが、引き継いだ領主の当然の勤めとばかりに働いてきた栗山千里大臣。日本全国民の信託を受けた訳ではない事くらい承知している。千葉の一部地域でのみ通用する代理人である事が自分の役割だと理解している。だから当然の如く、千葉の一部地域だけに集中して、住民の利益代表としての仕事に徹してきた。「それの何がいけないのですか?、何が駄目なんだ?」禁煙推進者の言い分は、彼には全く理解できない非難にしか聞こえなかった。非難にしか聞こえない話には聞く耳持たぬが信条です。議員としての知的水準を疑われようが、大臣としての不勉強を非難されようが、知った事では無い。栗山先生は、押しも押されぬ大臣様です。おらが国さのヒーローだべさ。誰が何と言おうとも、地元では大人気なのですよ。

 

年の瀬も押し詰まった12月19日、衆議院議員会館303号室では栗山大臣の青田秘書が、血相を変えて電話に向かっていた。パニック状態でわめいているように見える。朝8時45分、青田秘書が25日のクリスマスパーティー準備のために出勤してきたと同時に電話を受けた。ヒン国大使館の裏ルートから金取得(キム・シュトク)の緊急電話だった。「青田さん、申し訳ありません。パーティー券の購入が駄目になってしまいました。本当に申し訳ありません」。金取得の声も上ずっていて、相当慌てている状況が伝わってきた。「一体どうしたのですか!」青田秘書は瞬間的には穏やかに話そうと思ったのだが、問いかけは怒鳴り声になっていた。金取得の話はこうだ。チャン国の王博文(ワン・ハクブン)の指令に基づき、パーティー券の購入を申し込んだが、昨夜遅くになって突然電話で「キャンセルせよ」との指令を受けた。1千万円の支出が停止されたため、支払いができなくなった、との事だ。今になっての200枚、一千万円のキャンセルは痛い。25日のパーティーが開けるか瞬時に頭の中で計算をしてみたが、「会場は予定通りのままにして、地元の参加者を追加して・・・若干の縮小は止むを得ない」との結論を導き出した。しかし、この件は直ちに先生に報告すべき突発事項として、第一秘書に伝達を託した。「それにしても、何があったのだろう、こちら側には落ち度は無いはずだし・・」青田秘書の知るかぎりでは、キャンセルを受ける覚えは全くなかった。

 

 

ご意見を頂けませんか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です