婆ちゃんと孫坊やの道徳 ① 道徳って何?
小学1年生のコウ君(幸介くん)と婆ちゃんは仲良しの孫と祖母です。コウ君は学校から帰ってくるといつも、縁側で本を読んだり、新聞を見たりしている婆ちゃんのそばにやってきます。婆ちゃんは大変に物知りで、考え深い人です。そして、やさしい笑顔でコウ君の言うことには何でも応えてくれます。だから、コウ君もクラスで一番の物知り少年になっていました。
コウ君の学校では「道徳」が正規の授業となり、今日は命の大切さについてみんなで話し合いました。でもコウ君はその授業中ずっと、先生が言った「道徳」という言葉の意味が気になって、話し合いには熱心になれませんでした。「道徳」って何のことなのかな~? 始めて聞いた言葉だし、意味が分からないし、ずっとそのことばかり考えていたのです。いつものように婆ちゃん先生に聞いてみよう、そう思って帰ってきたのです。
「ねえ婆ちゃん、道徳って何のこと?」
コウ君の質問がいつものかわいい内容ではないので婆ちゃんはちょっと驚いた。
「う~ん、今日は大変むつかしいことを持ち出してきたね。学校で習ったの?」
コウ君の顔をのぞき込みながら、婆ちゃんが聞いた。そして
「コウ君も少しずつ大人になる準備が始まったのね。」
やさしく微笑(ほほえ)みながら、うなずいた
「道徳というのはね、神様が 人間に与えてくれた”知恵のかたまり”なんだよ。原始時代の大昔、人間はそこいら中で殺し合い、奪い合いばかりしていた。力の強い家族たちが力の弱い家族たちを襲って殺し、食料や毛皮や武器を奪い取っていった。野生動物と同じように、強い者が弱い者を滅ぼして生きていく。それが普通のことだったんだよ」
婆ちゃんの話は恐ろしかったが、コウ君の眼をジーッと見ながら話を続けた。
「家族同士の戦いの中で、飛び抜けて力の強い家族が近所の家族を全てねじ伏せて、殺したり従えたりして、一つの集団を作っていった。そのようにして集団は段々と大きくなり、みんなが勝手なことばかりしていると、又殺し合いがおきてしまうかも知れないようになっていった。そこで集団のみんなが考えた。この集団の中では奪い合いはしない、殺し合いもしない、そして争い事をしない、狩りをする時や大きな敵が襲ってきた時は力を合わせて戦おう」
話をしている婆ちゃんの眼はギラギラと輝いて、今にもコウ君に飛びかかってきそうな形相をしていた。婆ちゃんが襲ってくる訳はないのだが、コウ君は震え上がってしまった。婆ちゃんの話は続く。
「そして、長い年月の間に段々と、同じ集団の中では他人が嫌がることはしない、他人の物は奪わない、盗まない、他人を傷つけない、殺さない、そんな考えがみんな同じになっていったんだ。どの家族もみんな平和に暮らしたい、心配事を無くしたい、そう思うようになったんだよ。それをみんなが心の中で”決まり事”として守るようになり、”人が平和に生きていくための常識”として大人も子供も、強い人も弱い人も、男も女も、誰もが大切に守るようになったんだよ。それは”神様が人間にくだされた考える力”、すなわち”知恵”だね」
婆ちゃんの話はまだ続いた。
「このように平和に暮らすためには、みんなで賛成できる考え方や生き方が必要で、自分以外の人も生き方が同じような考えでないと、争いになってしまうかも知れない、という気持ちになること、これをちょっとむつかしい言葉だけど”価値観の共有”と言うんだけど、みんながそういう気持になっていったんだよ」
婆ちゃんはここでやっと一息ついて、コウ君がどんな顔をしているかコウ君の眼をのぞき込んだ。
「婆ちゃん、学校でトシ君の帽子を誰かが隠して、いたずらしたんだけど、これは道徳違反かも?」
こう君が大声で婆ちゃんに問いかけた。
「どうしてそう思うの?」
婆ちゃんが優しく問いなおした。
「トシ君が困っていたんだ。人が困るようなことをするのは道徳違反だと思う」
「すばらしい、その心が道徳です!」
婆ちゃんの声も大きかった。
「人が困るような事をしてはいけないと思った、それが道徳の第一歩だよ。」
婆ちゃんの顔が笑っていた。