婆ちゃんと孫坊やの道徳 ③  どっちが先に?


今日はコウ君のお話です。近所のスーパーでお買い物の実習をする授業だったんたんですって。 

「婆ちゃん、僕たちみんなでスーパーの入り口の横で待っていたんだけど、中からおじさんが出てきたちょうどその時、おばさんが中へ入ろうとしたんだ。おばさんは手にスマホを持っていたけど、中からおじさんが出てくるのは見えていたと思うよ。でも、ちょっと急いで先に入ってしまおうとしたらね、そしたらやっぱり、おじさんとぶつかってしまったんだ。やっちゃったと思ったけど、おじさんが怒ってしまって、おばさんに怒鳴りつけた。おばさんも負けずにやり返し始めたので、大喧嘩になってしまったんだ」

 

おじさんは自分が先に来ていたから先に出ようとした。おばさんはちょっとのタイミングで自分の方がドアを先にくぐったから自分の方が先に入るべきだと判断した。双方共に自分が優先されるべきだと考えた行動だった。コウ君たちは「おじさんが先だ」とか「おばさんの方がちょっと早かった」とか、それぞれが勝手にしゃべっていたので、どちらが先なのかさっぱり分からなくなってしまったのです。

 

しばらくして入り口に誰もいなくなったので、先生がコウ君たちのクラスを半分ずつに分けて、半分の生徒だけ先にスーパーに入らせました。そして、残り半分の生徒たちに「さあ、入って!」と号令をかけました。それと同時に、先に入っていた生徒たちに「中の人たちは、急いで出てきてください!」と大声で呼びかけました。

 

 

コウ君が心配した通り、入り口で押し合いへし合いしたり、人の間をかき分け、かき分け出てきたり、大混乱になってしまいました。「先生どうなっちゃったのかしら」、みんなそう思いました。

先生には分かっていました。「きっと喧嘩が始まるだろうな」と分かっていたのに、クラスの生徒をこんな目にあわせたのです。

では、どうして喧嘩になってしまったのでしょうか。その訳は、学校にもどってから、先生がじっくりお話をしてくれました。とりあえず、今は楽しくお買い物の授業です。野菜や肉やお菓子など、いつもはお母さんと一緒ですが、今日は自分で値段を見て、グラム数を見て、賞味期限を確認して、買い物をしなければならないので責任重大でした。時間になったので、スーパーの皆様に「ありがとうございました!」とお礼を言って学校にもどってきました。

コウ君は今日の出来事を婆ちゃんに、このように大変わかりやすく説明してくれました。

 

「大変だったね。でもとってもおもしろいお話を聞かせてくれてありがとう。お母さんが買い物をする時にいろんな事を考えている事が分かって良かったし、先生の気持ちも分かったし、今日はいっぱい学んできましたね。」

婆ちゃんがにこにこ笑いながら、コウ君の頭をなでてくれた。

「コウ君、先生がわざと喧嘩になるようにした訳は、ちゃんと理解したかな?」婆ちゃんが聞いた。

「うん、分かったよ。でも、先生はなんであんな事をさせる気になったんだろうな?」

コウ君は”わかった”と答えたのだけれど、実は先生の話の半分くらいしか分かっていなかったのです。

「婆ちゃんが、コウ君の納得がいくように説明してあげましょう」

婆ちゃんはそう言って、自分の部屋からアルバムを持ってきた。そして、ゆっくりとめくりながら「うん、うん」となつかしそうに、おなずいていた。

 

「コウ君、この写真はコウ君が5歳になった時に、亀戸天神に行って七五三のお参りをした写真だよ。これが家を出る時、これは電車に乗る前、これがお参りで手を合わせている姿、覚えているかい?」

婆ちゃんが聞いた。

「うん、ちゃんと覚えているよ。着物を着て行ったんだよね。」

ちょっと緊張気味のコウ君がお父さん、お母さん、お兄ちゃん、そして婆ちゃんと一緒に写っていた。そして婆ちゃんが切り出した。

 

 

「この写真を見てごらん。電車に乗る前にみんなで並んで待っている時の写真だよね、私たちだけじゃなく、皆さん順番に並んでいるけど、駅員さんに言われた訳ではないのに、並んで電車を待っているね。そして、電車がホームに入ってきて大勢の人達が降りてきた時も、みんなが降りてしまうまで、並んでいる人達はジッと待っていた事を覚えているかな?」

コウ君は電車に乗った時の事は全然覚えていませんでした。何も考えずに乗っていたんだと思います。でも、誰かとぶつかったりした事はなかったと思います。そんな事があったのなら、きっと覚えていたでしょうから。

「コウ君、君は何も知らなかったし、何も考えていなかった。それでも事故にあわずにいられたのは、お父さんやお母さんという大人と一緒にいたからなんだよ。実は電車に乗るのにも約束ごとがあってね、大人はみんなその約束ごとに従って電車に乗り降りしているんだね。 「降りる人が先、乗る人は後」 これが絶対の約束ごとだったんだよ」

 

「ふ~ん、そうだったのか。そんな約束ごとがあったんだ。でも、どこで教わったんだろう? いつ教わったんだろう」

コウ君は学校では算数や国語の時間には教わっていないけど、理科や社会の時間かな、いや体育や道徳の時間かも知れない、と考え始めていた。

そこで アッ、と思い出した。「今日のスーパー入り口での、おじさんとおばさんの喧嘩、そしてクラスの半分同士の喧嘩、どちらも「降りる人が先、乗る人は後」と同じだ! 「出る人が先、入る人が後」にすれば、電車の乗り降りと同じにスムーズにできる! そうか、先生はこの事をみんなに経験させたかったのだ。そして、これは大人になるまでに知っていなければならない約束ごとだったんだ。」と気が付いた。

コウ君の顔色をじっと見ていた婆ちゃんが口を開いた

「気が付いたようだね。先生はコウ君たち全員に経験させたかったんじゃないかな。人間は頭では分かっていても、経験しなければなかなか理解できないからね。コウ君の先生はすばらしい先生だね。さらに婆ちゃんが突っ込んで教えてあげよう。」言いながら一息ついた。

 

「写真を使ったのには理由があるのよ。電車という箱が分かり易いからね、箱にはぎっしりの人が乗っていた。駅に着いてみんな降りようと思ったのだけれども、乗り込もうとしている人たちのパワーがすごかった。中から出ようとする人達、中へ入ろうとする人達、電車の入り口で押し合いのまま身動きがとれなくなってしまった。いつまでも降りられない、いつまでも乗れない、駅員さんが必死で押し込んで、やっと電車のドアが閉められる。首都圏の通勤時間帯ではこんな状態が毎日毎日続いた。そして遂に電鉄会社も、お客さんたちも、みんなが立ち上がった。”もう、毎日繰り返される大混雑はやめよう。駅員さんの指示に従って、駅のホームでは並んで待とう。そして、降りる人が全員降りるまで待ってから乗るようにしよう” どのお客さんもみんながそう思うようになっていったのだよ」

 

駅で待っている人は、急いで乗り込もうとして押し合いになるよりも、降りる人がすっかり降りてしまってから乗る方が、結局は、早くしかも安全に乗れることがわかってきた。婆ちゃんはこんな時代を経験してきた人だ。話には実感がこもっていた。今では誰もが「降りる人が先、乗る人は後」が当たり前になっている。そして、それは子供へと教えつがれている。

 

 

 

 

 

 

 

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