婆ちゃんと孫坊やの道徳 ④ ”どっちが先”は道徳?
コウ君は思った
「”降りる人が先、乗る人は後” の話って、もしかしたら”道徳じゃない”のかなあ? 婆ちゃん、あのお話って道徳なの?」
「コウ君は良い子だね、そうやっていつも考えるのね。考える事はとっても大切な事なんだよ。」
婆ちゃんは話しを続けた。
「あのお話は”道徳”のお話なのか、それとも違う”約束ごと”のお話なのか、分からなかったんだよね。それでは、はっきりと分かるようにお話をしますね。
道徳とは、何かをする時に、良い事か悪いことかを考えて、良いことをし、悪いことをしない、そのための”約束ごと” です。それは人として生きるための、正しい心の基準となります。それが道徳です。
”物を盗んではいけません、人を殺してはいけません、人を傷つけてはいけません” など誰に教えられたのかは分からないけれども、誰でもが知っている悪いことは、してはいけません。
”人の心を傷つけること”をしないこと。人が嫌がることや傷つくことを、言ったり、やったりしてはいけません。
”自分だけが良ければ、それでいい” という考えで、人に迷惑をかけたり、犯罪を犯したり、自分勝手なことをしてはいけません。」
婆ちゃんはそこまで話すと一休みして続けた、
「 道徳は一人一人の心の中に宿っている ”良いこと、悪いこと” を見分ける心の目です。法律で決めたルールや規則とは違うので、どこにも書いていません。守らなくても、誰にも見つからなければ、とがめられたり、しかられたりしません。只、自分の心の中で、” いけないことをしてしまった ”という辛い気持ちが生まれるだけです。この気持ちは大変重たくて、絶対に逃げることはできません。いつも暗い気持ちが付きまといます。そして、「お前は悪いことをしたのだ。自分勝手なんだ」と心の目がささやきます。だからこそ、自分の正しい基準をしっかり守って生きる、強い心を持たなければならないのです。心の目は、自分自身の本当の心なのですから、ごまかす事はできません。それでも心の目は、反対に良いことをすると、ごほうびに ”良い気持ち” にさせてくれます。「よくやったね」とほめてくれるのです。良いことをするのは、本当に良い気持ちですね」
ここで婆ちゃんはコウ君の目を見て、ちょっと考え込んだ。
「今日、コウ君がスーパーで経験した ”クラスの喧嘩” は”約束ごとがなぜ必要なのか” を学ぶために、先生がみんなに投げかけた”宿題”だったんじゃないかな。コウ君はよく考えたので、先生が期待したところまでたどり着いた。けど、出入り口での約束ごとは、”道徳”とはちょっと違うような気がする、と思ったんだよね。婆ちゃんは、それはすごく健全な心だと思うよ。約束ごとは確かに有った方が、争(あらそ)いにならないですむので、その後はスムーズに出入りできるようになる。でも、その約束ごとには ”良いこと、悪いこと” という心が無かった」
婆ちゃんはお茶を一口飲んで続けた
「これは道徳とはちょっと違う。心が無くても人間の知恵で造り出した ”約束ごと” なのだ。そうか、人と人が仲良く暮らすためには約束ごとがあった方が良い、その方が平和で争いの無い暮らしがしやすい、そんな約束ごとも必要なんだ、と思ったんだよね。」
コウ君が言おうとしていた事を全部代わりに話をしてくれた。
「それでは道徳以外の約束ごとについて、お話をしましょうね。分かり易い約束ごととしては、国が決める法律があります。国の法律は、選挙で選ばれた国会議員が国会で議論して決めます。国全体のいろいろな事を法律として決めますが、ほとんどの法律は違反すると ”罰” がつきます。”みんなで決めたのだから、しっかり守るために違反者を罰する” という考えです。例えば 人の物を盗んだ人は、窃盗罪(せっとうざい)として刑務所に入れられて、働かされる、という罰を受けます。この人は道徳的にも悪いことをしたのですから、大変分かり易い犯罪者です」
婆ちゃんは穏やかに、ゆっくりと話しかけています。
「でも、道徳的には良くも悪くもないのに、法律で決めている事もあります。そんな法律でも違反すれば殆どの場合、罰を加えられます。例えば、道路交通法です。この法律はみんなが安全に、歩いたり、車に乗ったり、するための ”約束ごと” が多く決められています。”人は右、車は左” の原則も安全のための決めごとです。人が道を歩くのに、右側を歩いても、左側を歩いても、悪いことをしている訳ではありません。車が道路を走るのに、右側を走っても、左側を走っても、道徳的には問題はありません。信号も青は進め、赤は止まれ、と決められていますが、”赤で進んだから神様に罰せられる” ということはありません。人も車もみんなが安全で、スムーズに移動できるように、みんなで決めた ”約束ごと” だから、道徳や心の問題は入っていません」
婆ちゃんの言葉はとっても分かり易かった。コウ君も婆ちゃんの言う通りだと思った。
婆ちゃんが続けます
「それでも一旦法律として決められたら、人々はその法律を守ります。法律を守ることが、最も安全だからです。時には、法律を守らないで事故を起こしたり、混乱を招いたり、他人に迷惑をかけたり、傷を負わせたり、法律に違反する人も出てきますが、その人は違反者として罰を加えられます。そして、”始めは道徳的には悪くない、只の決めごと” だった法律も、みんなが守っているうちに段々と、それが当たり前で正しいことになっていきます」
話し終わって、婆ちゃんは微笑(ほほえ)みながらコウ君の両肩をポンポンとたたいた。そして締めくくりに言った
「今日のお話以外にも、世の中にはいろいろな約束ごとがあります。これから大人になるまで、少しずつ勉強していくんだよ」